2018ネパール⑩ ~ インド編 アーグラの街 ~

こんにちは。タルカリです。

2018年2月にネパール(とインド)に行ってきました。
しばらくその旅路について書いています。

読んだあと、
何となくネパール(あとインド)に行った気になってもらえるとうれしいです。

前回は「タージマハル」について書きました。

今日は「アーグラの街」です。

前回の記事はこちら↓

2018ネパール⑨ ~ インド編 タージマハル ~

◎登場人物
・タルカリ(自分)
・IT(日本から同行した友人)
・はっくん(世界一周中の友人)
・ひとみちゃん(はっくんの彼女、はっくんと一緒に旅をしている)
・タルカリシェフ2名(それぞれネパールの実家に)

◎滞在地(予定地)
名古屋→カトマンズ→ニューデリー→アーグラ(予定外。いまここ)→バラナシ(ガンジス河がある場所)→インドとネパールの国境→シェフの実家→カトマンズ→名古屋

◎旅の目的
・世界一周中の友人とインドで合流する。
・陸路でインドとネパールの国境を越える。
・インドの深夜列車に乗る。
・シェフの実家に行く。

現在アーグラに滞在中です。

アーグラの街

前回、タージマハルも長くいるとさすがに少し飽きる、
とか書いてしまいましたが、
ホテルへの帰り道では、
やっぱりタージマハルの壮大さへの余韻と、
若干の名残惜しさと共に歩いていた記憶があります。

日もすっかり昇ったアーグラの街は、
行きはこんなだったのが、

どこも活気があふれていました。






こっちにも南インドレストランもあったんだ。

賑やかな大通りとは違い、
横道はこのような感じです。

行ってみたい気はしますが、
なんとなくやめておきました。

歩きながら、
思い思いに写真を撮っていると、


気がつくと、
はっくんがストリートチルドレン?に、
何かを5ドルで売りつけられようとしていました。
(もちろん断っていましたが。)

かなりしつこくついてきましたが、
デリーみたいにポケットに手を入れてこようとはしませんでした。
(このブログでは書き忘れていましたが)

ゆっくり街を見ながら歩いて30分くらいでホテルに到着。

早速、朝食を。
と、その前に、
まずはトイレに。。。

という感じで、
今思えば、このころもう”それ”は始まっていたのですが、
まだそれほど危機感を感じていなかったので、
こんなものを注文してしまっていました。


プーリーです。
”タルカリ”のような”バージ”と”ダヒ=ヨーグルト”がついていました。

思ったよりというか、思った通りというか、
中々のボリュームです。
それにしても、
プレートの右上のスペースを空で出すのがさすがです。
自分ならアチャールか何かを載せて埋めたくなってしまいますが。。。

お腹の調子が思わしくなかったので、
これ以上活性化したら困る!?と思い、
今回はヨーグルトは食べないでおこうと思っていたら、
ホールスタッフののおじさんに、
「おいしいから食べろ。」
と言われ、
「お腹の調子がよくないから。」
と伝えたら、
「ヨーグルトはお腹にいいから。」
と何度も言われて、、、

結局、
食べることに。。。

きっと初期のこういった積み重ねが、
悪い結果につながってしまったのかもしれません。。。

ちなみに、
ITやひとみちゃんたちが注文していたのは、

ホットサンド!にトースト!!
他にもメニューいろいろあったのに、
せっかくインドにいるのに、もったいなくないと思いませんか?

ですが、

「インドのパンも、インドでしか食べられないよ。」
「食べたいもの食べればいいじゃん。」

だそうです。

たしかに”インドのパン”はインドでしか食べられないし、
食べたいものを食べればいいんですけど。

なんだか、
”インドではインドの料理を”というのは、
むしろ自分の方が視野が狭かったのかと思わされました。

この旅では、
自分では絶対注文しないだろう料理が、
この後も登場したので、それはそれで面白い経験でした。

そういえば、そもそもですが、
インドの最初の食事に”あんかけ焼きそば”を選ぶところから始まっていましたね。

朝食を終え、再びアーグラの街へ。


牛がいたるところに。
やっぱりネパールより多いのでは?

食事をしたり入場料だなんだで現金がなくなっていたので、
再び”あそこ”へ。



笑顔で出迎えてくれました。

ここで彼に申し訳ないことがひとつありました。
前日、
「今日夜来てくれたら、タンドリーチキンとビールをおごるよ。
みんなで食べよう。」
と言っていたのですが、
自分たちはそれを冗談だと思っていて、
受け流していたのですが、
しっかり用意をして待っていてくれていたそうです。。。
わざわざ自分たちが滞在するホテルまで迎えに来てくれていたとのこと・・・。
ホテルのスタッフから、
「今レストランに2回目の食事に行ったみたい」と言われて、
寂しくひとりで処理をしたそうです。。。

そんな借りもあるので、
もう一度改めて場所の確認を。

タージマハルからも遠くない。
こちらに両替屋さんはあります。

2回目の両替では、
少しだけレートをよくしてくれました。

そこの居心地もよく、
「次どうしようか?」などと言いながら、
ダラダラといさせてもらいました。
なぜかチャイも買ってきて出してくれるし。

これまでの経緯もあるので、
何か下心があるのでは?と少し勘ぐってしまいましたが、
自分たちにとっては、最後までただの親切な人でした。

で、その途中でもやっぱりお腹の調子が悪くなり、、、
トイレも貸してくれました。
ここでも2回行ってます。




当然紙はありません。
そういえば、
”ボットン”はともかく、
水洗トイレでは基本的に紙は便器に流さないうようにしています。
水の勢いが弱かったり、紙がかたかったりで、
けっこうな割合で詰まります。
あとはマナーの問題?なのかな。
大体備え付けのゴミ箱が横にあるので、
使用済の紙はそちらに捨てるようにしています。

紙をよく詰まらせていた初期のころは、
なんとなくバッグに入れていた機内食で使わなかったスプーンなどを使って
詰まりを直したりしていました。

アーグラ半日ツアー アーグラフォート

なんとなくぼーっと過ごす自分達を見て、
「リキシャでツアーをやっている友達がいるから呼ぼうか?」
と聞いてくれました。

まあせっかくだからということで呼んでもらい、
アーグラフォート(アーグラ城)に行くことに。


リキシャのハンドルを一緒に握らせてくれました。
原付バイクとほぼ同じ感覚です。

このアーグラフォートは世界遺産にも登録されているそうです。
歴史のある貴重なものではあるのですが、
無機質な色と形に”わざとらしさ”のようなものを感じてしまい、
行列もあってか、ディズニーやUSJにある
アトラクションに並んでいるかのように思えてきました。


修学旅行生やたくさんの観光客。
理由はそこにまつわる歴史です。

亡くなった王妃のためにタージマハルを造った王様が、
後継者になった息子に幽閉されていたのが、
このアーグラフォートだったそうです。

窓から見えるけれども、手が届かない場所にあるタージマハル。
城の中から毎日彼女を眺めながら、絶望の日々を過ごしていたそうです。

と、
言われているみたいですが、
実はそんなでもなく、
けっこう快適に過ごしたという説もあるとのこと。

場所にまつわる逸話としては、
絶望して過ごしてもらってたほうが都合がいいですよね。


向こうに見えるタージマハル

その王様がタージマハルの対岸に黒大理石で同じ形の、
「ブラックタージマハル」を計画していたそうです。
これも志半ばで達成されなかったとのこと。
そもそもタージマハル建設の浪費で幽閉されてしまったので。。。
これについても諸説あるそうです。

レッドフォートの後、
(自分以外)小腹が空いたとのことで、
レストランに連れていってもらいました。


今考えると、またお腹に悪いことをしていました。
せっかくだから、もったいないという精神で、
ビリヤニを注文してますね。このとき。

このレストランでも数回トイレにかけこみました・・・。

一方みんなは、






やっぱりカレーとナンでした。
日本人はインドといえばやっぱりカレーとナンを食べたくなるようです。
まあ、あんかけ焼きそばに比べれば、、、

このレストランは観光客向けで、
おそらくリキシャの運転手が、
客を連れてきて手数料をもらっている場所だと思います。
親子で踊りの見世物もやっていました。

ところで、
いい人の友人が必ずしもいい人とは限らないですよね。
このリキシャの運転手の人は、
とてもビジネス的なインド人でした。

最初に利用するときは、
「自分はお金のためにやっているのではなく、
この場所を訪れる人に楽しんでもらいたいだけだ。
お金のことは気にしないでほしい。」
ということを言っていたので、
みんなで、またいいインド人きた!と思って、
こちらもとても恐縮していました。

ところが、
最後にツアーを終えて戻ってきたときに、
みんなで話し合って少し多めに渡そうとなって、
(前日のリキシャの運転手が倍くらいの時間のツアーで
500ルピーを提案してきていたので、)
「今日はありがとう」と500ルピーを渡そうとしたら、
かなり渋い表情を浮かべて、
「一人200ルピー」と言ってきました。
ということで、合計800ルピーを渡しました。

途中、いろいろ本人の信条を語ってきていたので、
心清い人かと思っていましたが、
それとこれはやっぱり別のようです。

インドでやっぱり”アタって”ました

さて、、、
結局ビリヤニがダメ押しだったのか、
急激に体調が悪くなり、
しばらく自分はリタイアです。
ここでやっと状況の悪さを認識しました。
(はっくんたちのトラブルもそうですが、”自分は大丈夫だろう”はダメですね。)
ここまで重症化していくとは思っていませんでした。

そのとき、他の3人は全くお腹をこわしていなかったので、
みんなの結論としては、自分だけが手をつけた、
前日の南インドレストランの食事だったのだろうということになりました。

ついにインドで”アタって”しまいました。。。

思うように動くこともできなったので、
チェックアウトの後に荷物を預かってもらっていたホテルのロビーを貸してもらって、
しばらく時間を過ごさせてもらっていましたが、
3,4時間で少し申し訳なくもなって軽食がてら場所を移すことに。

あまり移動できないので、
ホテルのすぐ近くにあったレストランです。
多くの人で賑わっていたので入ってみることに。

こちらのレストラン、
最初は多分”下”に見られて、
店内が空いているのに、
少しだけですが小雨が降ってくる、風で肌寒いテラスに通されました。

「ここしか空いてない。」と。

店内の空きを見ていたので、
「あっちにしてほしい。でないと帰る。」
と伝えたら、渋々そちらに通してくれました。

今思えばですが差別されていました。おそらく。
(そのときはそんなことを、じっくり考えられる状態ではなかったので、)
室内には欧米の人たちがいっぱいでした。

とはいうものの、
カレーはおいしかった記憶があります。
自分はコーラだけ頼んで水分と糖分を補給して、
他の人のを少しだけもらいました。




よく見たら、また麺を頼んでいる人がいますね。
これはチョーメンだからセーフ?ですかね。

このレストランでも4、5回トイレに行った記憶があります・・・。

ブログを書きながらいろいろ思い返しているのですが、
この日、この時間までにトイレに行ったのが、
記憶にあるだけで少なくとも15回でした。

さきほども書きましたが、
こちらは観光客向けの北インドレストランですが、
この旅で食べたナンとカレーでは、
みんな一番おいしいと言ってました。

ちなみに、あとで「地球の歩き方」を見ていたら載ってました。
やっぱりいいガイドブックですね!?
このレストラン、グーグルマップの場所が少し違うので、

もし行かれる際はお気をつけを。
道が一本違くて黄色い大通り沿いです。
行かないか。。。

といったところで、
アーグラの街もこれで最後です。
もともとアーグラは予定外ということで、
少し不完全燃焼で終わった感じがありました。

タージマハルがあるだけに、
イスラム文化が特に強い街だということは確実に伝わってきました。
もう少しゆっくりと街歩きが出来れば、
さらに違った面を見ることができたと思います。

まあ、このインドの旅自体、チェックポイントを過ぎながら、
移動を楽しむのも主でもあったので、
こうなったのも仕方がないかなと思っていますが。

このあといよいよ、アーグラからバラナシへ向かっていきます。
ここでもまた一波乱、二波乱が・・・。
とりあえず今日はこのあたりで。

次は「アーグラからバラナシへ」です。

2018年 ネパール・インド 記事一覧はこちら


今日もご覧いただきありがとうございます。
ダンニャバード。
(ネパール語でありがとうの意味です。)

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